令和6年3月
1月27日と2月24日、2日に分けて生徒会主催の「SETA学会」が開催されました。
「SETA学会」の「SETA」は、「世田谷学園」という校名に因んでいるだけでなく、“Sience”,“Engineering”,“Technology”,“Arts”の頭文字でもあります。
ここで“Arts”は文科系全般を指していると理解してください。したがって、SETA学会の研究テーマは、文科系から理科系まで多岐に渡っています。
一昨年度、生徒会長を務めてこの3月に卒業した矢原君が、生徒会長当時、こんなことを言っていました。
「世田谷学園の生徒は、個性の百貨店のようだ。生徒一人ひとりが打ち込めるもの、好きなもの、とがったものを持っていて、それを突き詰めている」
SETA学会でのプレゼンを聴いていると、まさにその通りだとうなずかされます。
旃檀林の獅子児が目指すべき人間像の一つ目に「自立心にあふれ、知性をたかめていく人」があります。SETA学会に限らず、自ら課題を発見し、自由に発想したり、試行錯誤や失敗を繰り返したりしながら、課題の解決を図っていく、そういう経験やそこからの学びは極めて大切で、きっと、君たちの知性を、新たな価値を創造できる、そんな知性へとたかめることに貢献してくれるはずです。
ところで、新たな価値を創造するという意味では、その基礎となる大切な姿勢があります。それは、色めがねをはずして物事を見るという姿勢です。
2000年の話になりますが、当時、筑波大学の名誉教授だった白川英樹先生が、ノーベル化学賞を受賞しました。受賞理由は、導電性高分子の発見と発展です。プラスチックは電気を通さないという常識を覆して、電気を通すプラスチックを開発したのです。現在、導電性高分子は、タッチパネルやリチウムイオン電池など様々に応用されていますが、この成功はある失敗から生まれたそうです。
白川先生が東京工業大学資源化学研究所の助手だった頃のこと、研究生がアセチレンからポリアセチレンを作る実験を体験したいと言うので、作り方を書いたメモを渡しました。ところが、研究生はメモを読み違えて1000倍もの量の触媒を投入してしまったのです。その結果、本来なら粉末状のポリアセチレンが得られるはずなのに、液の表面に薄い金属光沢の膜ができてしまいました。目的の物質が作れなかったという意味では、実験失敗です。
しかし、白川先生は冷静に、液の表面に浮かんだその薄い膜を観察しました。この姿勢が導電性高分子の発見につながったのです。
もし、この実験を、失敗という色めがねで見るだけだったら、ノーベル賞を受賞するような研究はできなかったかもしれません。
色めがねをかけて物事を見ていると、見えるものも見えなくなって、新たな気づきを得られるチャンスも逃してしまいます。新たな価値を創造するためには、色めがねをはずして物事を見る姿勢が大切なのです。君たちは坐禅を身近に経験できる環境にいます。iPhoneの産みの親であるスティーブ・ジョブズ氏も坐禅に親しんでいたということですが、坐禅には、新たな価値の創造につながる、色めがねをはずして物事を見るという姿勢を育てる力があるのだと思います。
知性をたかめるには、「わかるようになる」「できるようになる」といった基礎学力を養うことはもちろん重要で、決しておろそかにしてはいけないことは言うまでもありません。しかし、君たちは、そこにとどまらず、その知性を創造的な知性へとたかめてください。世田谷学園には、そのための経験の場、学びの場がたくさん用意されています。坐禅、SETA学会、あるいは獅子児祭や体育祭もそうです。来月には新しい年度が始まります。毎日の授業はもちろん、そうした場にも、ぜひ、積極的に主体的に挑んでほしい、そして、新6年生は今まで培ってきた経験を糧に、次のステージに向けての準備に一意専心で臨んでほしいと思います。
(「修了式」より)