令和7年2月
日米のプロ野球で活躍し、通算で4367本ものヒットを放ったイチロー氏が、先月、日本とアメリカのそれぞれで野球殿堂入りを果たしました。
そのイチロー氏に「小さいことを積み上げることが、とんでもないところへ行くただ一つの道だ」という言葉があります。イチロー氏は、日本でプレーしていた頃、先輩から「今までに、これだけはやったなという練習はあるか」と聞かれて、高校時代の話をしたそうです。それは「3年間、1日にたった10分ですが、寝る前に必ず素振りをしました。その10分の素振りを1年365日、3年間続けました。これが誰よりもやった練習です」ということでした。
先月の始業式で、干支に因んでこういう話をしました。「巳年の『巳』には、『起こる、始まる、定まる』という意味がある。しかし、君たちには、これを『起こす、始める、定める』にしてほしい。一年の始まりに、発心を起こし、その発心に基づく努力を始め、何が何でもそれを継続するのだという思いと行動の軸を定める。この一年がどういう一年になるかは、干支ではなく、君たち一人一人の自らによるのだ」と。
発心を起こし、努力を始めるところまでは、多くの人がします。イチロー氏の1日10分の素振りも、誰にでも始められることです。しかし、それを毎日コツコツと積み上げることができるか、思いと行動の軸を定めることができるかとなると、容易なことではありません。なかには「今日は面倒だ」と思う日もあります。そうしたマイナスの気持ちに負けて素振りをしない日を1日つくると、そのうちそれが度重なって、やらないことが当たり前になってしまうことがあります。せっかく始めた努力なのに、できるはずのことなのに、やらなくなってしまうのです。それでは、いつまで経っても明日をつかむことはできません。
なぜ、やらなくなってしまうのか。当たり前のことですが、それは「熱意」つまり「やる気」が足りないからです。では、どうしたらやる気を出すことができるのか。
脳科学によると、やる気は脳の中心近くにある側坐核という直径1cm以下の小さな部位で作られるということです。ところが、この側坐核を活動させるためには、ある程度の刺激が必要になります。つまり、素振りなら、今日は面倒だと思っても、まずはバットを握って振ってみることが重要なのです。すると、側坐核が刺激されます。そして、しだいにやる気が生まれてきて、素振りに集中できるようになっていきます。始めると、だんだんと調子が出て集中できるようになることを「作業興奮」と言うそうです。
勉強も同じです。気が乗らなくても、とにかく机に向かって勉強を始めてみるのです。すると、しだいにやる気が生まれて、勉強に集中できるようになっていきます。
禅堂に「身心学道(しんじんがくどう)」という言葉が掲げられています。「身心」は「身」と「心」です。普通は「心身」と言って「心」を先に書きますが、禅の世界では「身」を先に書きます。「形」から入って「心」を究めていくのです。
小さいことをコツコツと積み上げていくその過程には、絶好調のときもあれば、気乗りのしないときもあります。しかし、マイナスの気持ちのときでもその誘惑に負けないで、「えいやー!」ととにかく行動してみる。「形」をつくってみる。それが「心」のやる気を生み出します。
発心を起こし、努力を始め、思いと行動の軸を定めて、小さいことをコツコツと積み上げていく。そして、とんでもないところへと、自らを導いてください。
(「朝礼」より)